メンタルのための仁術

メンタルの問題も、仁術なら中からアプローチ。

> 概要

「メンタル」はとても曖昧で、どう捉えるべきかの正解もありません。「どっちつかず」を恐れるよりも、「いいとこ取り」を狙う方が楽しいかも。

「仁」と「仁術」

梅干しの種を割ると出てくる「天神様」。ああいう胚・胚乳のことを「仁」と呼ぶそうです。

人の心は種のようなもので、心の奥、もう一つ深いところに何かがあります。

僕はそれを「仁」と呼び、そこを扱うこと全般を「仁術」と呼んでいます。

一般的な仁や仁術と区別するために「篠田流仁術」という言葉も用意はしてるんですが、いちいち付けてるとちょっとね、宗教っぽいというか、変な感じになっちゃうなあと。

自分のサイト内ではなるべくシンプルに、仁術としています。

原因は割とすぐ見つかります

まず初回。会って話すだけで、原因は分かります。これで半分。

残りの半分は「で、どう改善していくか」ですが、これはもう、その人によります。

同じ症状だったとしても、同じやり方で治るわけじゃない。だから本人は悩んでいるわけです。

分類としては同じヒトで、同じ言葉を喋っていても、声が違う、表情が違う、ファッションが違う。対症療法では解決しません。

原因が分かって「えーっ、そんなこと?」なんてこともしょっちゅうですが、「そんなこと」が重い症状を引き起こすから怖いんです。悩みの重さに釣り合うようなもっともらしい原因を欲している、そんな自分に気づけたら儲けもの。視界がぱっと明るくなります。

そうなると対処法を見つけるのも楽しくなるから、前向きに続けられますよ。

治療とかリハビリとかね、苦しそうにしてればいいみたいなのあるでしょ。あれがね、好きじゃないんですよね。