人事のための仁術

茶の湯なし、茶室なし。自由な思考と時間のために。

> 概要

会議は組織の縮図でもあります。うまく進まない=適材適所がなされていない。それは人事がアホだからですが、一部だけアホってことはね、ないんでね。

篠田流仁術で適材適所

日本には「下積み時代」とか「苦労した」とか聞くと、何となく感心しちゃうような文化があります。

それが終身雇用や年功序列と組み合わさって、恐ろしいほど人を正しく評価できないシステムを構築してきたわけです。いやあ、これはタチが悪い。

その慣習を根深く根深く残したまま、時代はビッグデータでございますってね、それは無理があるだろうと。文句ばっかり言ってても生産性がないんで、篠田流仁術というものを作って、未来茶人として活用することにしました。

できない人たちが今まで通りに集まって、会議の技術だけ身につけようとしても無駄だというのが僕の考え方です。効率が悪いというか、錬金術に近い。

会議を邪魔する要素は、見ればすぐ分かります。会議に生かせるはずの能力も分かります。あとはそれを再配置するだけ。簡単ですね!

ついでに組織の問題点も見えてきちゃうんで、思ったよりも大変かもしれませんけど。対症療法では終わらないから、組織は健康になります。組織を不健康にして得をしている人は青ざめます。ははははは。

「火を入れる」ことの価値

「理屈は揃っているはずなのに、どうにもうまく進まない」とか、「熱意はあるんだけどうまくいかない」というようなことが、今日も各地で繰り広げられています。うひひ。あ、笑っちゃいけないのか。

電子レンジで何度も何度も温め直してるのに、どうもおいしくない。おいしい温度にならない。電子レンジだからしょうがないか、みたいなね。何故かは分からないんだけど、何となく分かる「熱の(種類の)大切さ」。

それは食べ物に限ったことじゃないんですが、「む……? このプロジェクト、正しい熱が入っていないっ!」と判断できる人はそんなにいなくて、妥協や不完全燃焼が増えていくという。

個人だろうが組織だろうが「ちゃんと書いてある通りに温めましたよ」じゃあ駄目なんですよね。食べられりゃそれでいいや、こなせればそれでいいやっていうならいいんですけど。

個人なら「要求されるパフォーマンスを満たしたい」のか、「長所を最大限に伸ばしたい」のか。

組織なら「想定する結果を出せるメンバーを集める」のか、「このメンバーができることをとことん追求する」のか。

まあ、失敗したくないのか爆発力に賭けたいのか、みたいなことでしょうか。数字より人を見るつもりがある、人や自分の可能性を見る方が楽しそうだと思えるのなら、ぜひ仁術を。